タグ:こころのこと/つぶやき ( 8 ) タグの人気記事

 

主治医が見つかる診療所 “神の手ドクター福島医師”

昨日のこと。

新聞のテレビ番組欄で“神の手ドクター”福島医師の名を見つけた。
率直な感想・・・ また出るんだ。

たまたま再入院している患者仲間のところにお見舞いに行く予定だった。
そこでその話となったが・・・

ワタシ
『今夜また福島先生やるよ~』

患者仲間①、患者仲間②
『ふ~ん』  『また~』


ワタシたちにとって身近な話でありながらも、その程度の反応。
やっぱり出過ぎ???


以前にも書いたように支持するしないはべつとして・・・ やはりワタシは番組が気になった。

出遅れ、途中から番組見たが 聴神経腫瘍の人
ワタシと似たような症状もあった。
発覚→オペ→成功→社会復帰と映像はまとまっていたが
彼女、まったく後遺症はないのかな。と思いながら見ていた。

東京クリニックとはべつに【福島孝徳記念病院】みたいのつくるのね。
いまみたいな行ったり来たりはやめて腰据えてってことなのか。
今後の展開、すごく気になる。
[PR]

by milimili_sp | 2007-06-26 17:53 | 報道&書籍  

4年の歳月

2003年3月25日(火) はじめて自分の病気を知った日だ。
早いものであれから4年の歳月がながれました。

もうほとんど記憶が薄れてきた頃
再発・増大により再び闘うこととなり、このブログに記録を残しています。

4年前にも似たようなことをしてました。
その記録を読み返してみると同じようなことの繰り返しとわかります。
それはホント不思議でした。
例えば・・・ 入院中に口内炎に悩まされた時期も一緒。 ほかにもいろいろ一緒。
なので、何かあれば読み返して同じだと安堵してます。


4年前はWEB上にスペースを借りられる日記帳を使っていました。
 いまは放置 いまもひっそりと間借りしたままですが
ユーザー更新も怠ってますので、いつ消えてなくなるか・・・。
そんなこともあって2003年の記録をこっちに移そうと思います。


ここの末端(以前の記事:2003年)に貼り付けてみます。
コピー&貼り付けが上手くいくといいのですが。
[PR]

by milimili_sp | 2007-03-25 01:22 | 記録 -2003  

これが世界のスーパードクター6

この番組ももう6回になるのですね。

“神の手”を持つ男:福島 孝徳ドクター (←プチっとすると経歴に飛びます。)
ワタシがこの名を知ったのは最初の手術のあと。2003年のことでした。
脳腫瘍患者さんのあいだでは、まさに神様のように崇められておりました。

腫瘍発覚当時のワタシは【脳腫瘍】という自分の病気を知ろうとしませんでした。
すべてが終わって(退院後、心が落ち着くまで)やっと向き合えたのです。
医療関係、患者コミュニティ、いろんなサイトや本で知識を得ました。
そうこうしてるうちに Dr.フクシマ という名を知ったのです。
ワタシは自分のかかっている病院、医師になんの不満もありませんでした。
それでも、手術の後遺症で三叉神経麻痺、開口障害を抱えてしまった身には
『もし、この先生にやってもらっていたら・・・』という妄想をすることもあったのです。

その頃すでに【これが世界のスーパードクター】が放映されていたかは
記憶定かではありません。
ワタシがはじめてDr.フクシマを画像で見たのは【情熱大陸】のビデオでした。
(患者仲間にダビングしてもらいました)
“神の手を持つ男”と呼ばれるのは、頭にほんの小さい穴をあけるだけで、顕微鏡を使い巧みに患部を切除・縫合する鍵穴手術(キーホールオペレーション)という手術法を確立。
普通なら10時間を越える難手術も福島の手にかかれば数時間。患者のダメージは大幅に軽減される。まさに神業ともいえる世界最先端の技術だ。 

と、番組内で紹介されておりました。

c0103389_14541619.jpgワタシの頭の傷は・・・ 後遺症は・・・
脳腫瘍患者であれば誰しも自分の境遇と重ねてみるのではないでしょうか?

その後、Dr.フクシマがメディアにとりあげられる機会が増えたように思います。
【これが世界のスーパードクター】もシリーズ化となり
本も何冊かお出しになっています。

 ワタシも購読しました。
これを読んでから思いが少しづつ変わっていきました。

・・・こんな忙しい先生、ワタシはいやかも。(←続きはプチっと)
[PR]

by milimili_sp | 2007-03-10 23:40 | 報道&書籍  

さくら

術後3ヶ月が過ぎた頃から肉体的にも精神的にもらくになってきた気がします。
やっぱり医者の言うことは正しい。 3ヶ月経てば・・・ そのとおりだった。 

2ヶ月を過ぎた頃から社会復帰を試みてたが気分はのらず。なのでいつも苛々していた。
いまもまだ怒りぽいのは変わらないが、いろんなことに気がいくようになってきたかな。
通勤ラッシュが怖く朝はゆっくりさせてもらってるが毎日勤務している。
人に会ったり外に出ることが苦でなくなってきました。


入院で落とさなくてはならず暫らく遠ざかっていたネイルを再開しました。
病気の再発がわかってからは『気分盛り立て』と手元も華やかに装っておりましたが
入院中はネイル禁止なので退院したらまたと思っていたのにぜんぜん気がのらなかった。
最近はサロンではなく知人のおうちに来てくれてるネイリストさんにお世話になっています。
知人は何度と声をかけてくれていたのですがまったく無関心。
ここにきて本当の意味でいろんなことにまた興味が湧いてきました。


ひさしぶりのネイルは春先取りのサクラ。
c0103389_091666.jpg
ベース:ラメ入りのクリアなカルジェル。 桜モチーフをエア・ブラシと3Dで。

[PR]

by milimili_sp | 2007-02-25 23:29 |   +こころはずむこと  

病棟同窓会

同じ頃に入院していた仲良しの患者さんらは皆すでに退院しています。
短かった人、長かった人。先に出た人、後に出た人。
それぞれ状況は違うけど患者同士のつながりって濃くなるものです。

今回の入院日数は33日でした。
最初に仲良くなった患者さんは2泊3日での血管造影検査の人と
5泊6日で(外科病棟がいっぱいで)胆石の手術の人でした。
あっという間に彼女らは退院となりましたが今でもメル友です。
胆石の患者さんと入れ替わりに病室移動してきた軽い脳溢血の患者さん。
この患者さんとがいちばん一緒に居た時間長かったです。
化学療法の脳腫瘍の患者さんも加わり3人で仲良く楽しくやってました。
偶然3人は同じ干支でした。(同い年とひとまわりうえ)
脳溢血の患者さんが退院して入れ替わりに入院してきた脳腫瘍の患者さん。
(驚いたことに彼女も同じ干支だった)
入院日は1日違いなのに病室すれ違いの脳膿瘍の患者さん。
33日のなかの数日、数週間を共に過した彼女たちとのつながりは日数ではない
特別なものを感じています。

我々は退院はしたものの経過観察の身。外来通いをしています。
揃って同じ日に診察を受けることはありませんが、まれには。
メールでのやりとりは頻繁なのでそんな情報はすぐ伝わります。
ふたりが同じ日の同じ時間帯の予約となり一層皆で会わない?とメールがきました。
会うといってもまだ療養中の身の面々。逢瀬の場は外来待合室って・・・汗。
理由は落ち着く。安心。ということだった。

っつーことで、同窓会!!!
ふたりの診察が終わる頃に病院に。
外来に向かう途中で声をかけられた。今日外来だったひとりだ。
もうひとりも会計中らしいが、気になることがあるとひとり予約外で診てもらってるらしい。
外来待合室に並んで座る5人。そのへんのお婆ちゃんらと変わりない。
病院の待合室をなんと思ってるーーー。です。
ワタシの主治医ではないが病棟の医師が通りがかり笑っていた。
自分の患者を見つけてだろうか。ずら~と並んでる光景を見てだろうか。
勢揃いを気づいていたのならあきれたに違いないです。
5人とも主治医は別々。それぞれの先生の耳にも入ったかな。
外来待合室はきっと賑やかだったでしょう。
ホントに皆で会えたこと、それぞれが嬉しく思っていたから。
近況(経過)だって知りたい。話したい。でも一列に5人並んで話しずらいこと。
3人の診察も終わったことなのでお昼食べながらお話ししましょう。と場所移りました。

入院だったり、手術だったり、誰しもが経験するとは限らんこと。
そんな経験を同じ空間で共有していた者同士。
特別な絆が芽生えてもおかしくありません。

場所を変えても賑やかにおしゃべりは続きました。
いまの我々にとっては最も心地のよい交友関係なのかもです。
口々に「落ち着く」「ほっとする」と繰り返していました。
[PR]

by milimili_sp | 2007-01-25 21:07 | 患者仲間  

始動!

聞かされても、読まされても、困ってしまうようなお話しが続きました。すいません。
ここではデリケートなことや弱音は避けたいと思っていたのですが
皆さんの心配をよそに1ヶ月放置していた言い訳理由ということでお許しください。

明日で術後2ヶ月となります。ぼちぼちと動きだそうと。
即・完全復帰とはいかないけど仕事もはじめます。
暫らくは都合よく出たり出なかったりですが(汗)。


さて、このブログ。
ご覧のとおり闘病をネタにしております。
立ち上げた時の思いは、それでも元気。それでも楽しんでるよ。でした。
予想外の後遺症で戸惑ってしまいましたが、ワタシの入院暮らしは負けてなかったです。
そんな入院中のこと、PC環境も限られリアルにはお話しできなかったことなどもUPして
いきたいと思っております。
[PR]

by milimili_sp | 2007-01-14 17:06 | ...日々  

12がつ

どうしようもないことにイライラしていた12月でした。
退院してPCが自由に使えるようになったらいろいろUPしたい。
と、巡らせていた思いも勢いも失くしていました。

前のときもそうだったっけ。
だんだんといろんなことが「しょうがない。」「しかたない。」と、ながせるようになる。
その域に達するまでにはもう暫らくかな。
・・・意外と、ダメじゃんワタシです。


c0103389_1162723.jpg病室でのブーム【あみもの】
家に戻ってからも続いています。

作業は思うより細かくないので
いまのワタシの目でも平気。
本を読むよりらくちんです。
そんなわけで本屋と毛糸屋にはでかけます。

←こんなに買っちゃってます。

あとは病院と会社に顔を出すくらい。
ちょいひきこもり。まだおでかけ願望も湧かず。
いろんなことに欲張りのはずが・・・。
唯一、外来日だけは気分上々。
病室に寄れることが楽しみだった。
なんでかな。病室で元ルームメイトらとのおしゃべりが一番の安定剤だった。
そのルームメイトらも皆、年末までに退院となりました。
病室に行く楽しみはなくなったけど嬉しいことです。

体のほうは家に居るぶんには快調。
外出すると2~3時間で頭がボーとし発熱。
貧血は改善されてるので緊張感からの症状らしい。
相変わらずだが視点は真っ上、左方向が複視。
右目はまともにはあいてない。


12月の日々はこんな感じでした。
とっても扱いづらい人だったことでしょう。
ワタシ自身も自分らしさ(キャラ)とのズレを感じていました。
「大丈夫、大丈夫・・・」って気持ちでPCに向かえるまでひとつきかかっちゃったね。
気に掛けてくださった方々には申し訳ないことでした。
あせらず、ゆっくり、病に関わる経験を楽しみながらやってきます

[PR]

by milimili_sp | 2007-01-04 13:48 | ...日々  

mana'olana ~希望~

mana’olana
ハワイ語で希望・自信・期待という意味の言葉です


はじめましての皆様。お馴染みの皆様。
こんなところに辿りついてしまって困惑されてる方もいらっしゃるでしょう。
私自身、自分の病気をさらけ出すことに迷いもありました。
そして今もまだ迷いながら綴っています。


脳腫瘍という厄介なものに魅入られ3年半(発症はそれ以前からでしょうが)。
発覚と同時に入院と暮らしが一変した。そんなことも懐かしく思える頃になった今、
2度目の入院・手術が決まってしまいました。

当時の私は【脳腫瘍】という病気の知識がなく、ものすごく怖く心細い思いをしました。
今は病気の知識もつき、あの頃よりは落ち着いて状況を受け入れられています。
まったく怖くないと言ったら嘘になるけど、
完治に向けて希望と自信と期待のほうが大きいです。


私の病気は頭蓋底にできた髄膜腫という手術で全部取ることができれば
完全に治る良性の脳腫瘍です。
1度目の手術で残存があることは聞いていました。
頭の中は複雑で全部取ればいいというものでもなく、腫瘍近くの正常な機能を生かす為にあえていじらないこともあります。私の場合もそうでした。
生命を脅かすようなものはきっちり取ってもらえました。
退院後の私は病気は夢だったのではないかと思うほど元気に過していたのです。

あれから3年ちょっと過ぎた夏の終わり、右目が見えづらくなったと自覚。
残存腫瘍が視神経に障りだしてしまった。このままでは失明に至るかもしれない。
目に症状がでなければ腫瘍と共存しながら今の暮らしを変わりなく続けていただろう。
手術を受けることで一時的だが失うものを知っている。そしてとり戻す苦労も。
しかし、症状がでてしまったものはしょうがない。思い悩んでても心を痛めるだけです。
こんなふうに思えるまでに時間は必要だったけど決めてしまえば肝って据わるもんですよ。
人生まだ途中、これからのもっと楽しいのために、暫し闘ってきます。

PCに向かうことができず更新もままならないだろうけど
心配に思ってくださる方、この病気が気になる方、なぜか辿りついてしまった方に
様子をお知らせできたらと思いこのブログを立ち上げました。
病気でも貪欲に過す私に暫しお付き合いくださいませ。
[PR]

by milimili_sp | 2006-11-05 01:22 | プロローグ -2006