タグ:経緯 ( 2 ) タグの人気記事

 

入院までの経緯 ~2006~

2003年4月に右側頭葉頭蓋底の脳腫瘍(髄膜腫)を摘出。


’06初夏頃より右目のことを人様からまたよく言われるようになった。
「最近また腫れが増してきたんじゃないか?」
腫れには慣れっこになっていたので特に気にしてはいなかった。
しかし、視力がおちてきた。
恐れていた再発・・・



■7月10日 脳神経外科外来
 目の不調(見づらくなったこと)を相談。
 ひとから目の腫れをより指摘されるようになったことも告げる。
 ずっと怪しい存在として言われていた部分に変化か?
 眼科で目の働きを調べましょうとなった。

■7月13日 眼科外来/CT
 脳外科からの依頼書を見て、かるくあせってるよう。 いつもと様子が違う。
 「目の腫れを意識したのは?」「手術の有無は?」と聞かれ、キレた。
 今更聞かれることでもないだろう。
 目が腫れて、手術があったから、ずっと外来に来てるんだと言った。
 カルテをさかのぼって確認してた。
 なんだかわからないがCTを撮ることになった。

■7月14日 結果
 昨日の今日で話す気にはなれないが、一応結果を聞きに行った。
 脳外科で撮るものと変わりないし、説明も特にどうってことない。
 ハナから信用できてないのでどうでもいい。
 思いきって画像が欲しいと言った。
 前の眼科主治医のところには今もたまに診てもらってる。
 なので下さい。と言った。
 有料になるとか、感じ悪い。おまけに次回の予約をとってくれなかった。
 こんな状態なのに、「では、脳外からまたなにかありましたら・・・」ですって。
 
■8月11日 他病院の眼科外来
 視力がガタ落ちしてることにDrが懸念。
 持参したCTの写しを見て、腫瘍が視神経を圧迫しだしたのではと。
 脳外の先生と話したほうが良いと言われた。
 脳外主治医宛に手紙を書くので持っていくようにと。
 いま書くと時間があかるから自宅に送るとのことだった。

■8月18日 脳外科外来
 前眼科担当医から届いた手紙を持って外来に。(急遽予約を入れた)
 手紙を渡す前に事情は知っていたよう。すでに連絡が入っていたようだ。
 執刀医でもあった病棟主治医とも話し、再発・増大(残存)の可能性を疑う。とのこと。
 手術をすすめられた。即答できず保留。MRIの予約だけ入れた。
 目に影響が出なければやらない手術だが、このままだと失明の可能性あり。

■9月4日 他病院眼科外来
 脳外の先生とのやりとりを報告。
 目本来の病気で視力低下じゃ洒落にならないからと目の検査を徹底してやる。
 残念なことに目の病気ではなさそうだと申し訳なさそう告げる眼科医。
 メイン病院の眼科医とは全然違う。目のことはこちらの病院に任せたい。

■9月14日 脳外科外来
 入院日決まる。
 前回告げられたときは来年と希望を伝えたが、あれからいろいろ考え、迷った。
 この状態を続けて来年まで思い悩むよりも、決めてしまったほうがらくではないか。
 このままでいたら違う病気になりそう。それぐらいどんよりした日を過ごしていた。
 仕事のこともあるので11月でとお願いしたら。
 週の始めがいいと。その週に検査をして翌週オペができるからとのこと。
 11月6日(月)に入院と決まる。

■9月21日 MRI撮影
 入院前にできる検査は通院で。

■10月12日 脳外科外来
 MRIの結果。 オペが決まっているのでとくに聞くこともない。
 来月、よろしくお願いします。病棟に寄ってもよいかと聞いて病棟へ。
 3年半前の退院からはじめて病棟主治医に会いに行った。
 退院後に会ったのは2度目。診療棟ではほとんど会わない。
 病棟、手術室、ICUに生息のDr。
 話は聞いていたが、思っていたほど目が出てないと。
 慰めなのかどうかだが、そんなことを言っていた。

■10月27日 他病院眼科外来
 入院を決めたことを報告。
 オペ前に残しておきたいデーターがあると検査。
 オペ後にも同じ検査をするから退院して落ち着いたら来るようにと。
 またしても、この先生のお蔭でオペが決まったようなもの。
 来るなと言われても追いかけるので、私のいない間に転勤・退職はしないでとお願い。
[PR]

by milimili_sp | 2006-11-06 00:00 | プロローグ -2006  

mana'olana ~希望~

mana’olana
ハワイ語で希望・自信・期待という意味の言葉です


はじめましての皆様。お馴染みの皆様。
こんなところに辿りついてしまって困惑されてる方もいらっしゃるでしょう。
私自身、自分の病気をさらけ出すことに迷いもありました。
そして今もまだ迷いながら綴っています。


脳腫瘍という厄介なものに魅入られ3年半(発症はそれ以前からでしょうが)。
発覚と同時に入院と暮らしが一変した。そんなことも懐かしく思える頃になった今、
2度目の入院・手術が決まってしまいました。

当時の私は【脳腫瘍】という病気の知識がなく、ものすごく怖く心細い思いをしました。
今は病気の知識もつき、あの頃よりは落ち着いて状況を受け入れられています。
まったく怖くないと言ったら嘘になるけど、
完治に向けて希望と自信と期待のほうが大きいです。


私の病気は頭蓋底にできた髄膜腫という手術で全部取ることができれば
完全に治る良性の脳腫瘍です。
1度目の手術で残存があることは聞いていました。
頭の中は複雑で全部取ればいいというものでもなく、腫瘍近くの正常な機能を生かす為にあえていじらないこともあります。私の場合もそうでした。
生命を脅かすようなものはきっちり取ってもらえました。
退院後の私は病気は夢だったのではないかと思うほど元気に過していたのです。

あれから3年ちょっと過ぎた夏の終わり、右目が見えづらくなったと自覚。
残存腫瘍が視神経に障りだしてしまった。このままでは失明に至るかもしれない。
目に症状がでなければ腫瘍と共存しながら今の暮らしを変わりなく続けていただろう。
手術を受けることで一時的だが失うものを知っている。そしてとり戻す苦労も。
しかし、症状がでてしまったものはしょうがない。思い悩んでても心を痛めるだけです。
こんなふうに思えるまでに時間は必要だったけど決めてしまえば肝って据わるもんですよ。
人生まだ途中、これからのもっと楽しいのために、暫し闘ってきます。

PCに向かうことができず更新もままならないだろうけど
心配に思ってくださる方、この病気が気になる方、なぜか辿りついてしまった方に
様子をお知らせできたらと思いこのブログを立ち上げました。
病気でも貪欲に過す私に暫しお付き合いくださいませ。
[PR]

by milimili_sp | 2006-11-05 01:22 | プロローグ -2006