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主治医が見つかる診療所 “神の手ドクター福島医師”

昨日のこと。

新聞のテレビ番組欄で“神の手ドクター”福島医師の名を見つけた。
率直な感想・・・ また出るんだ。

たまたま再入院している患者仲間のところにお見舞いに行く予定だった。
そこでその話となったが・・・

ワタシ
『今夜また福島先生やるよ~』

患者仲間①、患者仲間②
『ふ~ん』  『また~』


ワタシたちにとって身近な話でありながらも、その程度の反応。
やっぱり出過ぎ???


以前にも書いたように支持するしないはべつとして・・・ やはりワタシは番組が気になった。

出遅れ、途中から番組見たが 聴神経腫瘍の人
ワタシと似たような症状もあった。
発覚→オペ→成功→社会復帰と映像はまとまっていたが
彼女、まったく後遺症はないのかな。と思いながら見ていた。

東京クリニックとはべつに【福島孝徳記念病院】みたいのつくるのね。
いまみたいな行ったり来たりはやめて腰据えてってことなのか。
今後の展開、すごく気になる。
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by milimili_sp | 2007-06-26 17:53 | 報道&書籍  

これが世界のスーパードクター6

この番組ももう6回になるのですね。

“神の手”を持つ男:福島 孝徳ドクター (←プチっとすると経歴に飛びます。)
ワタシがこの名を知ったのは最初の手術のあと。2003年のことでした。
脳腫瘍患者さんのあいだでは、まさに神様のように崇められておりました。

腫瘍発覚当時のワタシは【脳腫瘍】という自分の病気を知ろうとしませんでした。
すべてが終わって(退院後、心が落ち着くまで)やっと向き合えたのです。
医療関係、患者コミュニティ、いろんなサイトや本で知識を得ました。
そうこうしてるうちに Dr.フクシマ という名を知ったのです。
ワタシは自分のかかっている病院、医師になんの不満もありませんでした。
それでも、手術の後遺症で三叉神経麻痺、開口障害を抱えてしまった身には
『もし、この先生にやってもらっていたら・・・』という妄想をすることもあったのです。

その頃すでに【これが世界のスーパードクター】が放映されていたかは
記憶定かではありません。
ワタシがはじめてDr.フクシマを画像で見たのは【情熱大陸】のビデオでした。
(患者仲間にダビングしてもらいました)
“神の手を持つ男”と呼ばれるのは、頭にほんの小さい穴をあけるだけで、顕微鏡を使い巧みに患部を切除・縫合する鍵穴手術(キーホールオペレーション)という手術法を確立。
普通なら10時間を越える難手術も福島の手にかかれば数時間。患者のダメージは大幅に軽減される。まさに神業ともいえる世界最先端の技術だ。 

と、番組内で紹介されておりました。

c0103389_14541619.jpgワタシの頭の傷は・・・ 後遺症は・・・
脳腫瘍患者であれば誰しも自分の境遇と重ねてみるのではないでしょうか?

その後、Dr.フクシマがメディアにとりあげられる機会が増えたように思います。
【これが世界のスーパードクター】もシリーズ化となり
本も何冊かお出しになっています。

 ワタシも購読しました。
これを読んでから思いが少しづつ変わっていきました。

・・・こんな忙しい先生、ワタシはいやかも。(←続きはプチっと)
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by milimili_sp | 2007-03-10 23:40 | 報道&書籍  

mana'olana ~希望~

mana’olana
ハワイ語で希望・自信・期待という意味の言葉です


はじめましての皆様。お馴染みの皆様。
こんなところに辿りついてしまって困惑されてる方もいらっしゃるでしょう。
私自身、自分の病気をさらけ出すことに迷いもありました。
そして今もまだ迷いながら綴っています。


脳腫瘍という厄介なものに魅入られ3年半(発症はそれ以前からでしょうが)。
発覚と同時に入院と暮らしが一変した。そんなことも懐かしく思える頃になった今、
2度目の入院・手術が決まってしまいました。

当時の私は【脳腫瘍】という病気の知識がなく、ものすごく怖く心細い思いをしました。
今は病気の知識もつき、あの頃よりは落ち着いて状況を受け入れられています。
まったく怖くないと言ったら嘘になるけど、
完治に向けて希望と自信と期待のほうが大きいです。


私の病気は頭蓋底にできた髄膜腫という手術で全部取ることができれば
完全に治る良性の脳腫瘍です。
1度目の手術で残存があることは聞いていました。
頭の中は複雑で全部取ればいいというものでもなく、腫瘍近くの正常な機能を生かす為にあえていじらないこともあります。私の場合もそうでした。
生命を脅かすようなものはきっちり取ってもらえました。
退院後の私は病気は夢だったのではないかと思うほど元気に過していたのです。

あれから3年ちょっと過ぎた夏の終わり、右目が見えづらくなったと自覚。
残存腫瘍が視神経に障りだしてしまった。このままでは失明に至るかもしれない。
目に症状がでなければ腫瘍と共存しながら今の暮らしを変わりなく続けていただろう。
手術を受けることで一時的だが失うものを知っている。そしてとり戻す苦労も。
しかし、症状がでてしまったものはしょうがない。思い悩んでても心を痛めるだけです。
こんなふうに思えるまでに時間は必要だったけど決めてしまえば肝って据わるもんですよ。
人生まだ途中、これからのもっと楽しいのために、暫し闘ってきます。

PCに向かうことができず更新もままならないだろうけど
心配に思ってくださる方、この病気が気になる方、なぜか辿りついてしまった方に
様子をお知らせできたらと思いこのブログを立ち上げました。
病気でも貪欲に過す私に暫しお付き合いくださいませ。
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by milimili_sp | 2006-11-05 01:22 | プロローグ -2006